| 松原忠司 | |||
| 職名 | 四番隊隊長 | ||
| 出身 | 播州 | ||
| 終焉場所 | 京都 | ||
| 終焉方法 | 切腹 | ||
入隊前は大阪で柔道道場を開いていました。
その後新選組の募集に参加し、4番隊隊長に任命されます。
池田屋事件でも活躍するが女性関係で失態があり切腹をはかるが未遂に終わります。
その後傷が悪化して没します。「今弁慶」と呼ばれていました。
目次
「今弁慶」と呼ばれた柔術師範
松原忠司は、新選組の四番隊組長・柔術師範を務めた隊士です。柔術と剣に通じた偉丈夫で、僧形をしていたことなどから「今弁慶」の異名で呼ばれたと伝えられます。武勇に優れる一方、情に厚い人物でもあったといいます。
謎に包まれた最期
松原の最期については諸説あり、隊内で起きたある事件をきっかけに自ら命を絶ったとも伝えられます。その死の経緯は今もはっきりとはわかっておらず、豪傑らしからぬ悲哀を帯びた物語として語られる、新選組のなかでも印象深い隊士の一人です。

