大砲というと、狙った方向へまっすぐ砲弾を撃ち出す姿を思い浮かべます。しかし、あえて弾を高々と山なりに撃ち上げ、目標の頭上から落下させる大砲もありました。それが「臼砲(きゅうほう)」です。まっすぐ飛ぶ砲弾では狙えない、壁や遮蔽物の裏側にひそむ敵を叩ける—臼砲は、そんな特殊な役割を担った曲射兵器でした。その仕組みと使いどころを解説します。

臼砲とは—山なりに撃ち込む大砲
臼砲は、砲身が短く、砲弾を高い角度で撃ち上げる大砲です。その姿が、穀物などをつく道具の「臼(うす)」に似ていることから、この名がつきました。砲弾は放物線を描いて高く舞い上がり、目標の上方から落ちてきます。このように弧を描いて撃つ方式を「曲射(きょくしゃ)」と呼びます。まっすぐ撃つ「直射」の大砲とは、まったく異なる使い方をする砲でした。
曲射の利点—遮蔽物の裏を叩く
臼砲の最大の強みは、障害物の向こう側を攻撃できることです。直射の大砲では、城壁や土塁などにさえぎられて、その裏にいる敵を狙えません。しかし臼砲なら、弾を壁の上を越えさせ、内側へ落とし込むことができます。城の中にたてこもる敵や、陣地の奥に隠れる敵を攻めるのに、これほど適した兵器はありませんでした。そのため臼砲は、とりわけ攻城戦や陣地攻撃で重宝されたのです。
臼砲 スペック(特徴一覧)
| 種別 | 前装式・臼砲(曲射砲) |
|---|---|
| 弾道 | 高い角度で撃ち上げる山なりの曲射 |
| 砲身 | 短い(大口径) |
| 射程 | 比較的短距離 |
| 用途 | 攻城戦・陣地攻撃(遮蔽物越しの攻撃) |
幕末での使用
幕末から戊辰戦争にかけても、臼砲は城や砦、砲台をめぐる攻防で用いられました。まっすぐ撃つ野砲だけでは攻めきれない堅固な陣地に対し、臼砲で頭上から砲弾を降らせることは、攻め手にとって有効な手段でした。四斤山砲や十二斤砲といった直射の野砲と、曲射の臼砲を組み合わせることで、多彩な攻撃が可能になったのです。
華やかな最新兵器に比べると地味な存在ですが、臼砲は「どうやって守りの堅い敵を崩すか」という戦術上の課題に対する、一つの答えでした。大砲にも直射・曲射という役割分担があったことを知ると、幕末の砲兵戦の奥行きが見えてきます。直射の十二斤砲とあわせてどうぞ。
徳丸ヶ原の演習と臼砲
日本で西洋式の臼砲が人々の前で撃たれた最初の例は、天保十二年(1841)五月、高島秋帆が江戸郊外の徳丸ヶ原(いまの東京都板橋区高島平)で行った西洋砲術の演習です。秋帆は長崎の町年寄で、出島のオランダ人から砲術を学んでいました。この演習ではモルチール砲(臼砲)やホーイッスル砲が撃たれ、洋式の銃隊の訓練も披露されました。いまの「高島平」という地名は、この秋帆の名にちなんだものです。
その後、伊豆韮山の代官・江川英龍(坦庵)は秋帆から砲術を学び、反射炉を築いて大砲の鋳造に取り組みました。韮山反射炉は世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の一つとして残っています。
まとめ
臼砲は、砲弾を山なりに撃ち上げて目標の頭上から落下させる曲射の大砲で、城壁や遮蔽物の裏にひそむ敵を叩けるのが最大の強みでした。幕末・戊辰戦争でも攻城戦や陣地攻撃で用いられ、直射の野砲と役割を分担します。大砲の使い方の幅を教えてくれる兵器です。ほかの火器は銃器の一覧もご覧ください。

