佐佐木高行 宛
| 原文 |
| 先刻御見うけ申候通りニ、大兄の反したまふより援隊壮士三四等、ときの声を出し、ゑい々と押来り、くおふるに女軍吾本陳お打破り其声百雷のく、大兄此時ニもれたまふて、地下に吾に何の御顔を見セたまふや。御心根御為聞可被遣候。なぜに来りたまハぬや、御為聞。拝首。佐々木将軍陳下楳拝首 |
| 現代文 |
| 先刻お見受けした通りに、大兄(佐佐木高行:土佐藩士)の許へ送り届ける海援隊士3・4人らは時の声を出し、えいえいと押しだし、女軍が私の本陣を攻めて打ち破り、その声百雷のごとく、大兄(佐佐木高行:土佐藩士)こんな時にここにおらず、地下に我にどの面を見せるのか。お心をお聞かせ頂きたく思います。なぜに来て頂けないのかお聞かせ下さい。※佐佐木高行を楽しい酒宴に誘う手紙。佐々木将軍(佐佐木高行:土佐藩士) |
目次
この手紙について
海援隊士たちが「女軍」となって本陣に攻め寄せ、その鬨(とき)の声は百雷のごとし――といった芝居がかった戯文で、「こんな時にあなたがいないとは。なぜ来ないのか」と佐佐木高行を酒宴に誘う、ユーモアたっぷりの手紙です。才谷の署名。緊張の日々のなかで見せる、龍馬の茶目っ気と人間味が光ります。
宛先「佐佐木高行」とは
佐佐木高行は海援隊を監督する土佐藩士です。堅い立場の相手にも、龍馬はこうした軽口を飛ばせる、打ち解けた仲でした。
この手紙が書かれたころの龍馬の境遇
命がけの活動の合間に、仲間と酒を酌み交わす息抜きの時間も大切にしていました。人を巻き込む陽気さこそ、龍馬の大きな魅力でした。
幕末全体の動き(慶応年間)
張りつめた日々を送る志士たちにとって、宴の席は英気を養う貴重な場でした。緊張と緩和が、彼らの日常を形づくっていました。
土佐藩の当時の動き
土佐の同志との気の置けない交わりが、龍馬の活動を陰で支えていました。人と人との情が、組織を動かす力になっていたのです。
坂本龍馬の手紙139通(現代翻訳文)一覧

