| 谷三十郎 | |||
| 職名 | 七番隊隊長 | ||
| 出身 | 備中松山 | ||
| 終焉場所 | 京都 | ||
| 終焉方法 | 急死 | ||
谷三兄弟の長男で新選組の募集に応じて入隊し7番隊隊長となります。
禁門の変の残党狩りで活躍します。
弟周平を近藤の養子にして権勢をはったが急死します。
粗暴な振る舞いが多かった為暗殺されたとも言われています。
目次
種田流槍術の七番隊組長
谷三十郎は、種田流の槍術を修めた武芸者で、新選組では七番隊組長を務めました。備中松山の出身と伝えられ、弟の谷万太郎らとともに一族で新選組に加わっています。槍の腕を買われ、隊の武術指南にも関わったとされます。
祇園での変死
しかし1866年(慶応2年)、谷三十郎は京都・祇園社の付近で変死体となって発見されました。その死因ははっきりせず、暗殺されたとも病によるものともいわれ、真相は謎のままです。隊内の複雑な人間関係をうかがわせる、幕末の京都らしい不可解な最期でした。

