| 弘口丸 | |||
| 藩名 | 伊予松山藩 | ||
| 藩主 | 久松定穀 | ||
| 船種 | バーク船 | ||
| 機関 | 帆走 | ||
| 備砲 | 0門 | ||
| 材質 | 木製 | ||
| 馬力 | 0馬力 | ||
| 写真 | 絵図 | ||
■ 詳細
原名「丹鶴丸」木造バーク船で長17間半・幅3間4尺。
紀州新宮藩が建造したものを伊予松山藩が購入し「弘口丸」と命名したと伝わるが、これは「弘済丸」という説もあります。
目次
所属した伊予松山藩と、長州征伐
この軍艦・弘口丸を運用したのも、伊予の伊予松山藩(久松松平家)です。親藩の名門であった松山藩は、幕府を支える立場から、たびたび軍役を担いました。
とりわけ第二次長州征伐(慶応二年、1866)では、幕府方として芸州口方面へ出兵しています。しかし幕府軍は各地で敗れ、征伐は失敗に終わりました。この敗北は幕府の権威を大きく傷つけ、倒幕の流れを決定づけます。忠実に幕命に従った松山藩にとっては、時代の潮目を思い知らされる戦でもありました。弘口丸は、その転機を生きた松山藩の一隻です。
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