小谷 耕造【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】

小谷 耕造
出身 越前藩
職名

越前藩出身の海援隊士です。
一説によると亀山社中に出資した越前藩が幕府には内密に亀山社中に社員として送り込んだと言われています。
しかし、小谷耕造は資料などがとても乏しく詳細はわかっていません。

小谷 耕造【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】

目次

小谷耕造の生きた時代—政事総裁職・松平春嶽

春嶽の時代の越前 小谷耕造は越前藩(福井藩)の出身です。越前藩の前藩主・松平春嶽は、文久二年(1862)に幕府の政事総裁職となり、将軍後見職の一橋慶喜とともに、参勤交代をゆるめるなどの改革を進めました。翌年には京都で攘夷派との対立に苦しみ、職を辞して福井へ戻っています。

隊士として その春嶽のもとで育った越前の若者たちが、藩をこえて海援隊に加わったところに、越前藩の開かれた気風が表れています。小谷はいろは丸の航海にもかかわったと伝えられ、海援隊の実務を担った一人でした。

参考資料:Wikipedia日本語版「海援隊」「亀山社中」、高知県立坂本龍馬記念館・長崎市亀山社中記念館の公開資料ほか。複数の資料を読み比べ、運営者の言葉でまとめています。

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この隊士について

一般には「小谷耕蔵」と表記されます。越前国の出身で、慶応の初めごろ亀山社中に加わりました。いろは丸沈没事件では事態の収拾に奔走し、坂本龍馬らとともに紀州藩との交渉にあたっています。

隊内で佐幕論を唱えて疎まれたものの、龍馬が擁護したと伝えられます。生没年はいずれも不詳です。

亀山社中と海援隊について

亀山社中は慶応元年、神戸海軍操練所の廃止で行き場を失った坂本龍馬ら二十余名が、薩摩藩の保護と長崎の豪商・小曽根家の援助を受けて長崎の亀山に置いた組織です。薩摩藩から一人あたり月三両二分が支給されていました。

ただし「亀山社中」という名称は当時のものではありません。同時代の史料に見えるのは「社中」という名乗りだけです。結成時に龍馬が長崎にいなかった可能性も指摘されており、実際に立ち会ったのは近藤長次郎や高松太郎らだったとする研究もあります。

慶応三年四月、龍馬の脱藩が赦免されて隊長となり、土佐藩に付属する外郭機関「海援隊」と改称しました。海援隊約規は目的を「運輸、射利、投機、開拓、本藩の応援」と定めており、射利—つまり利益追求を堂々と掲げていたのが特徴です。

隊士の人数は資料により異なり、辞典類は約五十名としています。同時代の隊士名簿にあたる史料は確認されていません。残っているのは『海援隊日史』『海援隊商事』(いずれも京都国立博物館蔵・重要文化財)などの記録類で、名簿ではありません。

そのため周辺の隊士は、生没年すら分からない人が少なくありません。海援隊が脱藩者を主体としたことも、記録が残りにくい理由の一つです。藩の人別帳や履歴から外れてしまうためです。

くわしくは海援隊士の一覧をご覧ください。

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いろは丸の船長でした

この人の名は「おだに こうぞう」と読むとする資料があります。「こだに」と読まれることもありますが、辞典類は「おだに」を採っています。慶応のはじめまでに亀山社中へ加わり、慶応三年四月、大洲藩から借りたいろは丸の船長として長崎を出ました。そして備中の六島の沖で紀州藩の明光丸とぶつかります。沈んだあとは事態の収拾に走り、坂本 龍馬らとともに紀州藩との談判にも出ました。

隊のなかで佐幕を唱えていました

この人について伝わる話のなかで、いちばん面白いのはここです。気性がやや荒く、しかも隊のなかで佐幕論を唱えたため、周りから煙たがられていたといいます。海援隊は脱藩浪士の集まりで、多くは倒幕へ傾いていましたから、そのなかで幕府を立てる議論をするのは居心地が悪かったはずです。ところが龍馬はこれをかばいました。そのために耕造は龍馬にいっそう心服したと伝えられます。隊のなかに異論があってよい、と龍馬が考えていたことを示す挿話になります。

越前から来た隊士が、何人もいます

この人は越前の出です。海援隊には越前から来た隊士がほかにもいて、腰越 次郎(野村幸次郎)、渡辺剛八、関 義臣、山本 復輔(山本 洪堂)らの名が挙がります。なぜ越前から複数出たのかを論じた研究をこちらでは見つけられませんでしたが、関わりのありそうな事実はいくつかあります。龍馬が松平春嶽に会い、三岡八郎と一晩語り明かしたこと。そして長崎で海援隊に屋敷を貸した小曽根家が、越前福井藩の御用商人だったことです。ただしこれらを結びつけて説明した資料はありませんので、あくまで並んでいる事実として書いておきます。維新後の消息は伝わっていません。

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